occasionalのブログ

日々の暮らしのなかで、ちょっとうれしかったこと、あれっと思ったことなど

差別はあったの?

こんにちは。
お立ち寄り、ありがとうございます!




時々受ける質問 女性なので差別されたことはありますか?

「今までに、女性なので差別されたと感じたことはありますか?」


時々聞かれます。


この質問への答えはむずかしい。
なんと言ったらいいのか、付帯条件が多すぎて、一口では言えないのです。


そうねえ・・。どうだろう。





月並みだけど、優れた人は差別的でないです

優れた人は差別的でない
これだけは言えると思う。


未熟な私のわずかにある良いところを認めてくれて、
引っ張り出してくれた人々は、
男性もいれば、女性もいました。


なにかつまらない意地悪をしてくる人は、
男性にもいましたし、女性にもいました。


70歳も近づいた今、いちばんお世話になった家族以外の人を挙げるとすれば
男性1人、女性1人です。


どちらも大学の先生なのですが、それぞれ違う大学です。






女性の方は、とにかく英語をたたきこんでくれました

イギリスに長かった方(日本人です)でしたが、中学生の頃からお世話になり、発音、マナー、読解力、聞く力、書く力などなど
とにかく徹底的にたたきこんでいただきました。


この方なくしては、私の今日の職業や生活はなかったと言っても過言ではありません。
本当にお世話になりました。


私が自分の未来を自分で切り開いていくために必要な力を
育ててくださった方に間違いありません。





男性の方は、研究の方法を、ご自身の研究を通して示してくれました

こちらのメンターは、もっとずっと大人になってからの出会いです。


多くの研究者が、大学・大学院・博士号・アカデミックポスト
というルートで進んでいく中、


私は前半をほとんどビジネスに費やしてきました。


そして、その後、院に戻り研究の世界に入ったという、いわば変わり種です。


そうした中、研究とは何か? 研究の方法とは何か?
何を目指して研究するのか?


こうした根源的質問への答えを、ご自身の研究生活を通して示していただきました。
そして、たいへん謙遜な方でもあります。


謙遜というのは、研究する上でとても大切なことです。
自分がエライと思ってしまうと、目が曇ります。
それではだめだということを、伝えていただきました。





さて、結論・・

いろいろな方に助けてもらいながらなんとか歩いてきました。
女性差別があったのかなかったのか
なんとも言えないのです。


自分が男だったら、もっとスムーズに事が運んだのにな
と思うことは、あまりありません。


ただ、社会のクセとして、夫婦でいる時は、夫がメインとして扱われるとか、
女性はたいてい夫の姓を名乗るとかはありますね。


こういうのは差別の一部なんでしょうね。
よろしくない習慣だとは思います、


でも、こうした差別という概念を吹き飛ばすような爽やかな方々が
たくさんいて、大いに触発されたことだけは確かです。